昔の彼に会うのなら・・ Ex and the City



古いユーミンの歌じゃないですが、昔の彼にバッタリ会うシチュエーションって、女性なら誰もが考えた事があるハズ。 元彼に会っちゃうんだとしたら、私はその時には今よりキレイでなきゃ、幸せでなきゃ、スリムでなきゃ・・理想を言えば現在の彼氏とラブラブのデート中で自分がうんと輝いて大事にされてる時とか、気取って出かけたメットオペラのドレスシートでとか、船上パーティでプロモーションをお祝いされた時とか・・なんか自分がサイコーに美しくて楽しい時じゃなきゃ、というのが本音ではないだろうか? (昔、そんな気持ちを上手く歌にしちゃったユーミンはやっぱり天才。)どんな女性だって、たとえこっちから思いっきり振った相手だったとしても、元彼に会う時には、近所のクリーニング屋に行くような化粧なし+スウェットシャツ+サンダルをつっかけた格好でバッタリ、ってシチュエーションは、ちょっと嫌だろうと思う。

私の会社の同僚Hさん(50代・女性)の話。
彼女の息子(けっこうかっこいい20代)が、先日、「元彼女」にミッドタウンで「バッタリ」会ったらしいが、その時に彼女がすごーく綺麗で輝いてて、彼はすんごく後ろ髪を引かれたらしい(もともとフッたのは彼だけど)。で、彼曰く「もう一回ちゃんと会ってみようかな。どうしようかな」と迷ったらしい。しかしHさんがその再開場面をよーく問いただしてみたら、どうやらその「偶然バッタリ」のシチュエーションは、復活を望んだ元彼女が意図的に作り出した「偶然」だったよう。それを敏感に嗅ぎ取った母親・Hさんはズバリ「仕組まれた再会で会う人なんか昔より100倍綺麗に決まってるじゃないの。すごい周到な準備をしたに違いないんだから、そんなのに騙されちゃダメよ!」とバッサリ斬っていました。 
(しかし、そんな事件や自分の心の揺れを母親に率直に話す息子ってどうよ?まあ正直っていうか・・へえ、親とそんな話するんだ?とジューイッシュのHさん親子の絆の深さに感心もしたりして。)
故意による「偶然の演出・敗者復活戦」は、彼の廻りに聡い女性がいるか否かで勝敗が分かれそうだ。

かくいう私も、つい先日、一時すごーく好きだった元彼に会った。偶然でも何でもなく事前にメールで日時をやり取りして晩ご飯を食べたのだが、彼の現彼女はニッポン、私の現彼はロンドンというタイミングは微妙で、まるでお互いのパートナーがいない時にこそこそ会っているよう。でも、相手から希望されたその日時をあまり真剣に考えてしまうとかえって彼を強く意識してることにもなるし、うーんこれはやっぱカジュアルにサラッと会ったほうがいいよね、と自分に言い聞かせて会った。でも彼に会う3-4日前から髪型やネイルを入念にチェックしてたりする自分にほんのりギルティ感が漂ったりもして。でも勿論、気持ちは現彼のほうにあって今の彼を大好きなのですが。私の場合、元彼に会う目的はハッキリしている:昔のオトコにちょっとちやほやされていい気分になりたいという、カワイイ「不機嫌な果実」風の欲望以上に、彼に会う事によって昔を思い出し競争心をかきたてられてヤル気を盛り上げるためだ。 実は、もう数年前の話になるが、彼に「もう一人の女性」が出現した。それを知った私はショックのあまり別れた、という過去があるのだが、何が1番ショックだったかって、彼が惹かれたもう一人の女性は私より年齢が上だったのであるが(そしてそれはマイナスポイントではないが)、容姿・学歴・教養・英語理解力・自活力・フレキシビリティ・キャリア、全てにおいて私よりかなり「下」だったせいである。要は「この女性と比べられたのかあ・・脱力」と頭に来たのだ。(そんな私の性格を彼が見抜いてて彼が私を振ったのかも・・って話もあるが。)
もんのすごーくゴーマンな言い方ですが(でも外国で1人で頑張ってる女性はちょっと解るハズ)、ニューヨークに来て自分で努力して(苦労も多い場合も多し)掴み取って磨いてきた私の「努力」とか「頑張り」ポイントは全然、ぜーーんぜん、彼にとっては関係なくて評価もされないのね、と憤慨したのだ。勿論、頭では、人間は上記のような表面的・外因的要素だけでは計れない事は重々承知の上(でもってそんな外面的な事をショックの理由にする自分はものすごーく浅墓だと深く自覚しながらも)、どうしても自分が寛容になれない限界があるのを知ったように思う。多分自分1人でリスクをしょって真剣に選んできた人生にすごく固執していて、出来れば彼に共感というか「よく頑張った君が好き」って思って欲しかった、のだと思う。レンアイにおいて相手の過去に感情移入してより好きになるなんて事がないのは自明の理なんだが、UPSETしてた私は後々までこれを引きずった(その強い拘りに自分でもビックリした)。

だから、未だに彼に会うとその時の悔しさを思い出し、なんだか「もっとやってやる~」(ナニをするのかはよくわからないけど)というようなヘンに高揚した気分になるのだ。私の当時の頑張りが全く評価に値しなかったのがよほど応えたのでしょう(=根にもってる)。私世代の女性の典型例かなとも思うけど、オトコ並に仕事など頑張ってきてるのでプライドが高い割に、妙に甘えんぼなので、頑張ったらちゃんと褒めて欲しかったりするのですね。 ま、そんなんで、元彼は「悔しさ」という刺激、カンフル剤のようなベネフィットを提供してくれます。自分のそんなひねくれた高揚感を「わあ、醜い」とは思いつつ、そんな部分があって成り立つヤル気や意気込みもあるさ、という割り切りもあるのは、かえって自分が今けっこう幸せなせいかも?とも思ったりして。私は醜い感情を知らない人間は信用できないし。 でも、自分の思いっきり欲深く浅墓で利己主義な部分を認めて正当化し、更にその競争心で頑張るなんて、しみじみ「私もニューヨーカーになったなあ」と思う。 逆ビューティ論になってしまったが、これを斉藤薫センセが聞いたら「そんな醜い考えは美容にもっとも良くない思考回路よ」と怒られそうだ(でも林真理子センセとかにはなんとなく褒められそうだ)。

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