恋する女性は「絶対美人」



先日、ある知人の女性が逝去された。じっくりとお会いしたのはたった数回だけれども、彼女を通して、女性の生き方についてとても考えさせられたたので、記しておこうと思う。年齢も、バックグラウンドも私からは遠い所にいらした方だったので、お互い本音で語りあうことが許される間柄、という訳ではなかったけれども、とても一途で可愛い方で、その生き方は凄まじいまでに「恋する女性」だった。

彼女の生い立ちについては、実はあまり知識がない。ただ、お会いした数年前には既に日本で地位ある方の妻として数十年経っていた。彼女の夫は元商社勤めの豪快で野心家で戦略家のビジネスマン(+彼自身も裕福な生まれ)である事実から、正妻である彼女も、ある程度以上の家柄出身で、ある程度は教育を受けた方だとお見受けした。おっとりとしてほんわかして、ニコニコしていてとても感じの良い初対面の印象だった。

何回かご一緒するうちに見えてきたのは、彼女は夫と結婚した後、すぐに夫の父親の死に直面し、彼等の持っていた、当時は小規模のビジネスを受け継いで大きくするのを全面的に手伝う事となった。製造業であった夫のビジネスを助けるため、工場で彼女自身がいろいろな作業を切り盛りしたという。こう書くとなんだか松下幸之助物語みたいだが、彼女の内助の功により、ビジネスは年に数十倍のスピードで成長し、夫はますます忙しくなり、世界中を飛び回るようになった。時にはファックスや電報を打てる場所へ行くまで数時間かかる辺鄙な場所へ行き、六ヶ月以上連絡の取れなかった時もあったという。

そんな夫の留守中、気丈に工場を切り回し、業績を挙げ、社員の面倒を見て、夫の母親ともずっと同居し、そして、一人息子を優しい人間に育てあげた。会社が急速に成長する中、彼女の負った人事・経理・総務業のプレッシャー&労働量は大変なものだったと推察するが、いつも笑顔を絶やさず、たいていはホンワカと優しい方で、気配りを忘れない方であった。彼女の家柄と人柄を偲ばせる気がする。 
彼女のように、あまり表面に出てビジネスの功績者として勲章をもらったりはしないのだけれど、ニッポンの急成長時代、男たちの陰で身を粉にして頑張った女性は多いと思う。多かれ少なかれ、当時女性は結婚相手で人生の全てが決まってしまっていたし、離婚もままならない時代だったので、一度実家を出てしまったらそこで子供を生んで頑張るしか道がなかったのだろうし、まあ、頑張って夫を世に出したら女性達が全て「スゴイ」とは思わないのだが・・。

私が彼女を好きだったのは、夫の不在や世間のプレッシャーに愚痴の一つも言わず、買い物で憂さ晴らしもせず、けなげに支え続けた理由である。実にシンプル、単純に「夫を愛していた」からなのだ。彼女は、結婚生活40年だか50年だかの間中、夫にぞっこん惚れていた。好きで好きでたまらなかったらしいので、夫が愛人を作った時にさえ、いつも手料理と笑顔で迎えた。愛人に嫉妬したとは思うが、「男は女を何人囲えるかで器量が判る」みたいな(?)古い考え方をするタイプの夫の前では、それこそ忸怩たる想いをオクビにも出さず、夫がもっと家に寄ってくれるよう配慮した。また、同居していた夫の母親は明治生まれの剛健な女性で(そしてかなり口うるさい方だったらしい)、とても長生きされた。彼女は、嫁・姑の確執にも負けず、その母親の面倒もしっかり見て、また看病もキッチリした。もちろん家にお手伝いさんはいたのだが、日々の夫のビジネスの支え、看病、そして周囲とのつきあいや我慢はとても精神力を要する重労働だったと思う。

それら全ての原動力になったのが、彼女の夫への想いだ。彼女が夫と2人でいる時にたまたま居合わせた私は、彼女が柔らかい声で夫を「パパ」と呼んだ時、彼女が「現在、恋愛まっただ中の女性」だというコトに気がついた。彼女が病魔におかされ闘病が始まってからは、自分の余命を予期していたのか、家の中でも夫と手をつなぎたがって、なるべく長い時間一緒にいようとしていたらしい。夫に付き添うパーティがあるから、と言って必死にドレスを探していた彼女、闘病の手術の後だったので、少しでも夫に顔色の良い、美しい自分を見てもらおうと思ってコスメのカウンターへご一緒した時の彼女は美しくて、可愛くて、そこまで想い入れのある相手がいなかった当時の私は、彼女に軽い嫉妬さえ覚えた。

長い闘病は、彼女にとって、身体的にとても辛かったし負担だったと思う。が、それ以上に彼女にとって最も辛かったのは、自分が逝ってしまうことによって夫ともう会えなくなってしまう事だったのではないか?闘病により頭髪が抜け落ちてしまっていたためウィヴを装着していた彼女は、夫に会う前には必ずウィヴがずれていないか否か気にしていた。そして、チークをはたいて血色を良くするのを忘れなかった。最後まで夫に「恋する」女性でいた。

彼女の人生は、経済的にも社会的にも恵まれて幸せであったと推測するのだけれど、彼女にとっては、夫との恋を愉み、慈しむ時間は短く感じられたであろう。もっと夫と一緒にいる時間を堪能されたらもっと嬉しかっただろうな、と思う。夫の母親が逝去されてからまだ数年しか経っておらず、やっと最近リタイアを考え始めた夫との時間をこれからますます楽しめる時期だったのに、と思う。

立場や時代のまるっきり違う私からは、本当にありがとうとしか言えない。遠い立場にいる私にもいつもナイスで素敵でおられたこと。優しくして頂いたこと。そして、ひたむきで一途な想いは絶対的に美しくて、恋する女は年齢から解き放たれて嫉妬の対象になる、と私に身をもって教えてくれた。 たとえどこで何をしていようとも、恋しながら人生歩もう、と思うのは彼女の存在があったから。結局ヒトは死ぬ時には、自分の想いしか一緒に持っていけないから、どんなにモノや地位に囲まれても、充実した想いを持った人生でなかったら、あまり意味がない。彼女を知った後では、特にそう思う。 

そんな素敵な女性の逝去を心から悼みます。

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