女性誌による美人考 Beauty Managines
毎月、日本から届く雑誌を数冊購読している。
コスメの仕事をしているので、読む雑誌は必然的に、美的、VOCEやマキアなんかになるのだけれど、
これらの内容が、なーんか全部似ているため、一誌に絞ろうかな・・、と最近思っている。ま、日本を離れて時間が経っているせいか、これらの雑誌の差異をなかなか把握出来なくなっているのかもしれませんがね、しかし、各出版社「他社にない独自性を打ち出す」企画とか、ちゃんとやってるつもりなの?って思わずにはいられないほど、ちょっと読んだだけじゃー差別化出来ません・・。日本女性達は、これらの差異をキチンと把握して「私は美的が読みやすい」「私は断然マキア派だわ」とか言って購読しているのだろうか?(とてもそうは思えない・・各社VOCEに続いて二匹目のドジョウを狙っているだけ・・よね、ヤッパリ。誰か異論がある人がいたら教えて欲しいわ。)
なんでこれらの内容がぜーんぶ似たような感じになるのか、というと、これはもう、女性誌の唱える「ニッポン女子の”こうあるべき”美」の価値観が非常に狭い事実から来ていることに他ならないでしょう。 特に夏前の美白やダイエット(最近は毛穴問題に言及しているものも非常に多い)の特集なんか読んでいると「ひえーもう勘弁して下さい」って思う程、あれしたらダメ、これもダメ、あのクセがあなたをXXにしている、この思い込みがXXの原因、・・自己否定的教育的内容が盛り沢山である。この否定的内容をよく考察してみると、キレイな女性というのは、卵のような「むき肌」を保ち毛穴なんてあってはならない。で、ゲーノー人並にやせていながら胸は「ちゃんと」あって、セクシーで、二の腕にたるみなんてなく、脚はまっすぐで、セレブ系(←この形容詞が最近の女性誌には多いのだが、定義は非常に曖昧である)ルックス、しかしコレ見よがしではなく、無造作で控えめ、であるのが好ましいらしい。その上、頭が良くポジティブで優しく人に気を使い廻りを幸せにしながらも、自分のスタイルを確立しておりユニークである必要があるらしいのだ。 「けっ、そんな奴いるかよ!」って叫ぶ私のようなヒトは、「あなたみたいなネガティブ志向のヒトは一生キレイにはなれないわ!」って言われて終わるだろうな・・と思わせるような、自己批判の塊のような厳しいジャッジメントが、女性ビューティ誌にはある。
でも、悪いけど、これらを書いてる人達の実際の姿をちょっと知っている身としては(=日本で某代理店勤務だったから記事書いている人と常に関わっていた)、彼女達の殆どは普通のOLよりずっと忙しく、徹夜&ストレスが多い仕事柄、容姿にあんまり手がかけられなかったりして、毛穴開きっぱなしの肌ぼろぼろ組の女性達なのをどう説明するよ?って思う。そんな自分達を棚にあげて、無垢な読者を洗脳する功罪ってチョット大きいと思うのだ。 日本人はもともと自虐的だから自己批判大好きで、そこを押さえて記事を書けば雑誌が売れるのかもしれないけど。 でも、あんまり自己批判に走ると、細かい事(毛穴とか)ばかりに目がいってしまい、大局(=雑誌に振り回されないようになる!)に目がいかなくなる可能性もあるのだ。 雑誌にとっては逆説的かもしれないけど、でも、結局は、それって読者をバカにしてるって事だもんね。
だいたい、雑誌に「自分のスタイルや主張をもったオンナはカッコいい」とかって言われて初めて自身の個性のなさに気がついたって、そのまま「皆も見てる」雑誌を読み続けても「個性」や「スタイルや主張」が身につくワケなんてないのは自明の理でしょう?
まあ、イマドキ雑誌で言われる事を鵜呑みのする女性達は少ない(と信じたい)けれど・・。
今、日本女性に知って欲しいのは、「あなたたちはそのままで世界的基準でも上位に位置するほど、美しい。見た目がすんごい綺麗なのは間違いないから、これ以上細かい点に拘らないで、背筋を伸ばして、自信を持って、世界を闊歩して欲しい」ということ。 先日中国へ行った時に、北京の女性達の迫力のある美しさにちょっと感動した。同じアジアンで日本人も中国人も似たり寄ったりの容姿なのに、この違いはなんなの?って思ったときに、ハッとしたのが、彼女達は「自分達の美しさにとても自信を持っている」ということ。 中国三千年の歴史に裏打ちされた揺るぎのない美の基準への自信が、中国にはある。彼女達は、流れる黒髪、すらりとしたしなやかな体躯、つぶらな黒い瞳の威力を圧倒的に信じており、それらは西洋的な美に決して引けを取らないと「知っている」のだ。 特に世界を席巻している、ハリウッド的アメリカンな「美の概念」には振り回されない自信があるのだ(それは強気な外交にも表れていると言ってよいかもね)。 近々、また中国へ行くので、あの圧倒的な迫力ある美しさを堪能してきます。
結局メンタルな部分っていうのは、雑誌からは学べない。光野桃氏や斉藤薫氏に恨みはないけれど、彼女達のコラムをいくら読んでも、多分、自分の深い部分の自信とか生き方の姿勢を軸とした美しさの構築には、つながらない。 どうせ美を磨くために何かを読むなら、三島由紀夫とかバルザックとか読みましょ。
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